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 鍛冶屋の葛藤 (2003/9/15)

FLASH「鍛冶屋の受難」、多くの方にご覧頂きましてありがとうございます。
あちこちで話題にして頂いているようで、とてもうれしいです。

以前から私は、プレイヤーがゲームシステムに関して文句を言うのは筋違いなことであると考えてきました。プレイヤーがすべきことは、与えられた環境下でいかに楽しむかということであり、プレイヤーがどうにも変えることの出来ないシステムそのものについて批判したり議論したりすることは意味がないことだと。
私がUOを始めたばかりの頃から今に至るまで、古いプレイヤーの方がよく「UOR後のUOはUOじゃない、UOR前はよかった」という趣旨の発言をしているのを見てきました。そのたびに私は、なぜそんな古い仕様にばかりとらわれているのだろうと思っていました。仕様変更はプレイヤーにはどうしようもない部分だし、今の仕様で楽しめばいいのに。そんなに今の仕様に納得いかないならやめればいいのにと、心の片隅で思っていました。
私はUOR後に始めたプレイヤーなので、UOR前の仕様を体験しておらず、なぜ人々がそんなに古い仕様にこだわるのか実感として理解できませんでした。

※UOR=Ultima Online Renaissanceの略。2000年4月に導入されたシステムで、フェルッカの平行世界(=トランメル)が誕生。プレイヤー同士の戦闘ができない(=殺人の危険がない)トランメルに多くのプレイヤーが移住した。

でも、AoS導入後の世界に馴染めない今なら、その感覚が分かる気がします。
自分の好きだった世界が昔と変わってしまっても、これまでずっとこの世界で暮らしてきたからこそ深い愛着があり、仕様が変わったからといって簡単に割り切れないのだと。そう簡単に引退はできないのだということを。

長い間、自分がシステムの批判を始めるようになったら、もう終わりだなあと思ってきましたが、AoS導入後、どうにも熱くなれない自分がいます。
頑張って120までスキルを上げ、伝説と呼ばれる鍛冶屋になったとしても、実際の武具作成でどれだけいいものができるかはルニックハンマーとリアル運次第です。これまでの積み重ねや経験、120というスキル値でさえ全く役に立たない。ここが一番納得いかない部分です。

「鍛冶屋の受難」は、そんな葛藤を形にしたFLASHです。
単なるシステム批判だけで終わらせたくなかったので、最後に「思い出せ 原点を!」というメッセージを入れています。
NPCとのやり取りであるバルクオーダーに振り回され、報奨に一喜一憂するのが鍛冶屋の仕事ではない。今、鍛冶屋は、BODでいかにいい注文を受け、いかに儲けるかということが主目的になってはいないか。鍛冶屋はあくまでもプレイヤーたる戦士のために存在している、それを忘れるなというメッセージです。

今、自分がシステムについていけないのは、単純にUOそのものに飽きてしまったという部分も確かにあります。ログイン時間がほとんどない現状では日記の更新はできないので、代わりにこんな感じのテキストをたまに書いてみようかなあと思っています(が、どうなるか分かりません)。



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